何時頃からだろうか、食卓に置かれる椅子の数が二つから一つに減ったのは。 はじめは俺の分とリュミスの分と二つ並べて置いてあった。 それが何時の間にか俺の分だけになった。 リュミスの椅子がなくなったのが何時なのかは、分からない。気がついたら俺の分だけになっていた。だが、少なくとも一年や二年前の話では無いと思う。十年や、二十年。それくらい前の話だ。 そしてリュミスの椅子を片付けたのは、おそらく、いや、間違いなくリュミス本人だ。 どうして分かるのかって? 簡単な話だ。今の俺の状況が如実に物語っている。 「はい、あなた。あーんして」 「あ、あーん」 「おいしい?」 「……う、うん。おいしいよ」 「本当? 良かった。頑張って作ったのよ、これ。いっぱいあるから沢山食べてね。……はい、あーんして」 「あーん……」 リュミスは椅子に座らずに――当たり前だ。椅子が無いのだから――俺の膝の上に座っている。体を横に向け、左手を俺の首にかけてバランスをとりながら、右手に持ったスプーンを満面の笑みで差し出してくる。 「ね、あなた。おいしい?」 「……あぁ、すごく」 「嬉しい! はい、あーん」 それを俺が口に含み、咀嚼して飲み込むと、毎度のように上目遣いで「おいしい?」と聞いてくる。 ……正直な話、リュミスの作る料理はさほど美味くない。 それでも作り始めた頃よりは格段に上手になっているのだが、短い期間とはいえユメの飯を食べて舌が肥えた俺からしてみれば、美味くもなく、だからといって不味くもなく、いたって普通、というが本音だ。 だけれど、 「ねえ、おいしい?」 「……美味いに決まってるだろ。リュミスが作ってくれたんだから」 「そ、そう? えへへ。嬉しいけど、褒めたって何にも出ないんだからね」 そんな目で見つめられて、 そんな顔で喜ばれて、 そんな顔で恥ずかしがられたら、 普通、なんて死んでも言えるわけがなく、不味い、なんて百回死んでも「ま」の字すら言えるわけがない。 「ふーふー……。はい、あなた。あーんして。熱いから気をつけてね」 何にも出ないんだからね。なんて言っておきながら、リュミスはたいして熱くもない――というか、いくら人の姿とはいえ竜族がスープくらいで焼けどするはずも無いのに、息を優しく吹きかけて冷ましてくれる。 何にも出ないんだからね。という言葉どおり、何でもないそんなことだけれど、それが俺には無性に嬉しく、 「……どうしたの? あなた、はやくあーんして」 そうやって少し眉を顰めて唇を尖らせる仕草とかが、可愛過ぎる。 「リュミス」 「……なに?」 「愛してるぞ」 「え……あ、うん。私も……。ど、どうしたのよ、急に」 「いい香りだな」 「う、うん。ありがとう……。頑張って選んだの」 「リュミスが俺の奥さんで俺は本当に幸せだ」 「わ、私もブラッドが夫で幸せよ。うん、本当に幸せ」 言い合って、後ろからリュミスの手に自分の手を重ねて、スプーンを離させた。 リュミスはされるがままにしている。頬は少し上気して、瞳は心なしか潤んでいるようだ。 もう、食事という雰囲気ではなかった。いや、そのつもりで「愛してる」って言ったんだけど。 「そうえいばリュミスはこういうの、好きだったな」 「……馬鹿」 一時期リュミスはイチャイチャするのに凝っていた。……異常に。ことあるごとに。 そのときしていたことと、今したことは大方同じだ。 そして今からすることは、大方じゃなくて全部同じだ。いや、ちょっとだけ激しいかもしれない、いや、激しい。断言する。 それが何かは……言わなくても分かるだろう。言うのは無粋だ。 「飯より、子供が欲しくなった」 言って、俺はリュミスをお姫様だっこして立ち上がった。 膝の上に居て、しかも左手を首にかけているから楽に持ち上げられる。軽いし。 「……今度は男の子が良いわ。女の子だと、あなたが優しく過ぎるから」 俯いてはずかしそうにそう言ったリュミスの頬に、俺は口付けた。 |
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